|
作品名(そとづら) イラスト・りく姉提供 |
も く じ |
「おいちゃん」と呼ばれたい 考え方 |
「おいちゃん」と呼ばれたい |
ふたり娘は七つ違い。 上の娘は馬育ち、下の娘は犬育ち。 ・ ・と言っても、もちろん馬や犬に育てられたわけではない。 長女は、私の馬と犬のトレーナー時代にまたがって成長した子だ。 若い時には動物のトレーニングも子育ても、勢いに任せて行ってしまうものだ。 馬も犬も瞬時に賞罰を与えなければ、そこに時間の経過があると効果は薄れると思い、それを実行した。 もちろんその事に間違いは無いが、若さゆえそれがしばしばネガティブな傾向に走り、 度が過ぎてしまう事が多かった。(これもいま思えばの話) 長女が悪い事でもしようものなら、間髪いれずに鉄拳が飛ぶ。 逃げる長女に「逃げるな、こっちへ来い」と叫ぶと、泣き叫びながら逃げ惑う。 さらに大声が続く。 長女は仕方なく頭をしゃくりながら近づいて来る。 不満そうな顔を見てまた叱る、時にはまたもや鉄拳。 そのうちに近くまでは来るが、中々つかまらない犬同様の護身術を身に付けていた。 こんな育て方をしたにもかかわらず、娘は結構明るく社交的に育ってくれた。 友達も沢山いて、家にも良く遊びに来た。 「私はよその子も自分の子」などと、分かった風な考えを持っていたので、 その子たちが悪い事をしたり、悪い言葉などを使うと迷わず叱った。 時には怒鳴りもした。 長女が成長したいま、その友だちと久しくあった事もなければ、顔を思い出す事すらない。 次女が物心つき、友だちが我家に出入りしだした頃には、 私もアニマルトレーナー(あえてドッグと言わず)として、 少しではあるが余裕を持って考える事が出来るようになっていた。 でも相変わらず、よその子叱りも我が子同様続いていた。 長女の友だちからも次女の友だちからも、 「あなたの所のお父さんは怖いね」と言われていたらしい。 ただ長女と違い、次女は大声で怒鳴っても、逃げ惑うほど叱っても 「逃げるな、こっちへ来い」の声で泣きじゃくりながらも必ず 頭を差し出すような姿で私の目の前に立った。 鉄拳が飛んでくるかもしれない恐怖におののきながら。 社会人となって、博多の町で一人暮らしをしている次女が我家に帰って来た。 時々はぶらっと帰って来たり、友達と一緒に帰って来てはいたが、 今回は長期療養を要する妻の看病と、私の身の回りの世話をする為の長期休暇だ。 次女の部屋を覗くと電話中だ。 電話をしながら私の顔を見て、相手に「ちょっと待って、いまパパが来たから」と告げる。 「何か用?」 「いや、別に無いけど、何をしてるかと思って・・」 「いまY子と話してるとよ・・」 ・・と言って、電話器の口をふさぎもせずに、私とのやり取りを何気なく相手に伝える。 部屋を去ろうとする私に次女が 「パパ待って!Y子がパパの声を聞きたいって・・」 「おうー、頑張ってる?たまには遊びに来いよ」 若い娘とのやり取りに、少しばかり照れながら、しかし気を良くしながら話しが進む。 看病生活の次女に友だちからの陣中見舞いもある。 「パパ、S子がパパにって」とお土産を差し出す。 そのうしろから「おいちゃん、久しぶり」とS子の顔が覗く。 長女の友だちが家に訪ねてくる事が少なくなった事に気が付いたのは、 何年も経ってからの事だった。 長女には申し訳ない事をしてしまった。 はじめは頭を差し出した長女に、更に怒声を浴びせた。 友だちの不愉快な行為に、その日一日不愉快な顔を見せた。 うなだれて頭を差し出す次女を「分かったなら、もう良いよ」と優しく抱き寄せ、 叱った友達に、あとで「何して遊んでるの」と、声をかける余裕が出来たのも 長女の友だちの名前と顔が一致しない事に気が付いてからだ。 私は叱ったつもりでいたが、実は怒っていたんだと気が付いたのは、 犬の仕事を真剣に考えるようになってからの事だ。 「その行為を叱るのであり、犬を怒るのではない」と、 人に自信を持って教える事が出来るようになってからの事だ。 長女にはかなりの犠牲をはらわせる事になってしまったが、 子供たちに「おいちゃんと呼ばれたい」と、早く気が付いて良かった。 看病生活に疲れた次女に、友だちからの電話が入るたびに、 友だちが訪ねてくるたびに、 暗くなりがちな我家に明るい日が幾度となく訪れた。 「おいちゃん・・」と呼ばれるたびに、心を和まされた。 8ヶ月の看病生活を強いられた次女が、2月に現場復帰する事が決まった。 我家にも次女にも春の訪れがもうそこまでやって来ている。 戻る |
考え方 |
オランダでセミナーを開催した時の事。 出席者に車椅子の御婦人がいた。 パートナーは介護犬として、身の回りの世話をしてくれていると言う。 ドッグトレーナーをしているからと言っても、実働している介護犬を見る機会はそう多くない。 トレーニング場で見る介護犬は、婦人の投げるボールを追っかけたり、 差し出す布ダンベルを引っ張ったりで、とてもそのような仕事をしている犬には見えない。 婦人も又、布ダンベルを引っ張る介護犬に付き合って、おどけたように車椅子から落ちてみせる。 任務からの開放感からか、見るだけでは普通の犬以上にハイパーに感じる。 セミナーも終わり、みんなが帰り支度を始めた時の事、彼女が私に声をかけてきた。 「車椅子だと、どうしてもトリックなどに制限があります。この先どのような事に気を付けて トレーニングを進めていこうか迷っていましたが、あなたのセミナーを受けて、 トリックだけで良いフリースタイルが出来るのではない事は解かりました。 それでもやはりアドバイスが欲しい」と言ってきたのです。 車椅子の上でVの字にした腕の間を背面から背中越しに跳び越したり、 彼女の周りを回りながら丸めた背中と車椅子の間を跳び越したり、二本足で 立ちバックしたりと、 彼女のパートナーは結構スーパートリックもこなすし、その数も多いのです。 しかし、彼女のトレーニングの様子やコンペティションでのルーティンを見て、感じていた事があったので、 私なりに感じた事をアドバイスしてあげました。 「あなたこそ今回のセミナーでわたしが最も強調してきたポジショニングのバリエーションを取り入れるべきです。 その上であなたが手に入れた、車椅子と言う素晴らしくなめらかに動く足を生かした音楽でルーティンを 構成すべきです」と言って例をあげ、体を動かしながら教えた。 最後に「私からのプレゼント」と言って、ある音楽で簡単なルーティンをその場で構成して教えてあげた。 彼女は喜んでその事を受け入れ、 「必ず完成させて、あなたにそのルーティンのビデオを送るから、これに住所を書いて欲しい」と紙とペンを差し出した。 いつ届くか分からないが、オランダで頑張った自分へのお土産と思い、楽しみにしている。 車椅子でドッグスポーツをする人は珍しい。 日本でもオビディエンスの競技会に、家庭犬を連れて出場する車椅子ハンドラーの話を聞いた事はあるが、 介護犬での出場となると、そのような話はあまり聞いた事がない。 (介護犬の世界を、私が知らないだけかもしれませんが、) それに丹精込めて作り上げた介護犬で、そのような事をしたいと言った時、日本の介護犬のトレーナーは、 いや日本人の感覚として、はたして許可するだろうか? あとでその事を彼女に聞いてみると、 「介護犬はパートナーの自立の為にあるのだから、トレーナーも喜んで協力してくれます」と答えた。 ドッグトレーナーとして、恥かしい質問をしてしまったと思いながらも、やはり感心する。 それでも他のトレーナーにその事を話し「もし、盲導犬だったら・・」と愚問をすると、 「盲導犬だとしても同じです」と答えが返ってきた。 ドッグトレーナーが「犬屋」ではなく「尊敬される職業」として成り立っているヨーロッパの一部を見る思いがした。 (オランダセミナーレポートに一部掲載) 戻る |